
「ローバースクワットでは大腿四頭筋への刺激が弱くなる代わりにハムストリングスや大臀筋への刺激が強くなり、ハイバースクワットでは大腿四頭筋への刺激が強くなる。」とよく言われます。しかし、それは本当なのでしょうか?
今回は、ハイバースクワットとローバースクワットで筋肉の活動と関節にかかるモーメントの違いを比較した研究を紹介します。
論文タイトル
「ウェイトトレーニングにおけるハイバースクワットとローバースクワット」
High- and low-bar squatting techniques during weight-training. Med Sci Sports Exerc. 1996 Feb;28(2):218-24.
実験内容
8人のウェイトリフターにはハイバースクワットを、6人のパワーリフターにはローバースクワットを、パラレルおよびフルで65%1RMの負荷で行わせた。その際の大腿直筋、外側広筋、大腿二頭筋の活動と、膝関節および股関節にかかるモーメントを測定した。
結果
- 股関節にかかるモーメントはローバースクワットの方が大きかった。
- 膝関節にかかるモーメントはハイバースクワットの方が大きかった。また、パラレルよりもフルの方が大きかった

図1:股関節にかかるモーメント(上)と膝関節にかかるモーメント(下)。WEはハイバー群、POはローバー群を表わす。 出典 「High- and low-bar squatting techniques during weight-training. Med Sci Sports Exerc. 1996 Feb;28(2):218-24.」
- 大腿直筋、外側広筋、大腿二頭筋の全てで、ローバースクワットの方が活動がやや大きくなった。(有意差があったのは大腿直筋のみ)

図2:筋活動の比較。上から外側広筋、大腿直筋、大腿二頭筋。WEはハイバー群、POはローバー群を表わす。 出典 「High- and low-bar squatting techniques during weight-training. Med Sci Sports Exerc. 1996 Feb;28(2):218-24.」
まとめ
ローバースクワットの方が膝関節にかかるモーメントが小さい。
考察(管理人の私見)
一応説明しておくと、バーを肩の上に乗せるのがハイバースクワット(下図左)、バーの位置を下げて肩甲骨のあたりに乗せるのがローバースクワット(下図右)です。

図3:Aはハイバースクワット、Bはローバースクワット。 出典 「High- and low-bar squatting techniques during weight-training. Med Sci Sports Exerc. 1996 Feb;28(2):218-24.」
ローバースクワットの方が高重量を扱えるため、パワーリフターはローバースクワットを用いることが多く、ウェイトリフターはスナッチなどの補助種目として、より上体を垂直に立てた状態で動作するハイバースクワットを採用することが多いです。今まで意識したことのない人は、無意識のうちにハイバースクワットを行っている人がほとんどだと思います。
さて、この研究では、ローバースクワットの方が膝関節にかかるモーメントが小さいという結果が得られました。モーメントというのは物体を回転させる力の大きさを表す物理量のことで、膝関節にかかるモーメントが小さいということはそれだけ膝への負担が軽くなる(可能性が高い)ということです。
ローバースクワットでは上体の前傾が深くなり、ボトムポジションでバーがより前方に位置するため、膝との間のモーメントアームが小さくなったものと考えられます。逆に、上体が前傾することで股関節とバーの間のモーメントアームは大きくなり、股関節にかかるモーメントは大きくなったのでしょう。

図4:バーとの間のモーメントアーム。Aはハイバースクワット、Bはローバースクワット。 「High- and low-bar squatting techniques during weight-training. Med Sci Sports Exerc. 1996 Feb;28(2):218-24.」より改変
この研究では大澱筋の筋活動については調べられていませんが、ローバースクワットでは股関節にかかるモーメントが大きいので、股関節の伸展筋である大澱筋の活動もより大きくなると考えられます。
さて、しゃがむ深さについて比較すると、フルスクワットの方がパラレルスクワットより膝関節にかかるモーメントが大きくなっています。これはフルスクワットではボトムポジションで膝がやや前に出てしまうため、バーとの間のモーメントアームが大きくなったことが原因と考えられます。
では、膝関節へのダメージはフルスクワットの方が大きいのでしょうか?
私の考えはNOです。この話について議論する前に、まず膝関節の構造について軽く説明しておきましょう。
膝の伸展において、最も重要な働きをするのは大腿四頭筋です。下図に示すように、大腿四頭筋は骨盤のあたりから伸びて、膝蓋骨(膝の皿)、および脛骨(脚のすね)の上部に付着しています。

図1:膝周辺の筋肉と靭帯の付着位置。 出典「Starting Strength」 Mark Rippetoe著 2013 The Aasgaard Company発行
さらに、ハムストリングスと呼ばれる筋群が大腿骨の裏側から脛骨の裏側に付着していて、膝を曲げる働きをしています。
スクワットの動作というのは、大腿四頭筋が収縮することで膝が前に出ようとする力を、拮抗筋であるハムストリングスが収縮して膝を後ろに引っ張ることでバランスをとっています。ハムストリングスが上手く働かない状態では、下図右のように膝にかかる前後の力のバランスが崩れて関節に負担がかかってしまいます。

図2:ローバースクワット(上)とハイバースクワット(下)で膝周辺に加わる力。 出典「Starting Strength」 Mark Rippetoe著 2013 The Aasgaard Company発行
今回の実験結果をみると、フルスクワットではパラレルスクワットに比べて大腿二頭筋の活動が大きくなっていました。フルスクワットでは、大腿二頭筋の収縮力が増すことにより膝関節の安定性が高まっていると考えられます。
つまり「関節にかかるモーメントは大きいが安定性も高い」状態になっているわけです。安定な構造の建築物が強い衝撃に耐えられるように、膝関節も安定した状態であればより大きな負荷に耐えられると考えられます。
したがって、膝関節への安全性を考えるとパラレルスクワットよりもフルスクワットを行うべきです。
まとめると、「特別な理由がない限りはローバーでフルスクワットを行うのが理想的だ」というのが私の見解です。